パピルスが伝えた文明

『パピルスが伝えた文明』を読んだ。

 もうだいぶ以前から妻から「面白いよー」と言われていた本だが、今になってしまった。妻は南仏プロバンスからイタリア、ギリシャまで大好きな所で、何度も行っている。それと直接は関係ないのだが、ギリシャ・ローマ時代からさらにさかのぼってエジプト時代の出版はどのようなものだったかを、述べた珍しい研究分野の本である。

 パピルス・粘土板・竹簡・羊皮紙と比較しながらの古代からグーテンベルグの印刷本が出てくる中世までの本の特長や、本屋、著者、読者がどのようなものであったかを述べている。文字を理解し本を読んでいた人口がどの程度の比率だったか、本屋の数はどのくらいあったか、書かれた内容や著者はどのような人だったか、本をどのような人たちが、どのような目的で購入していたか、本といっても当時は基本的に写本だったので、どのような人たちがその書き写し作業をしていたのかや、どの程度の価格で売っていたのかなどを時代や地域を追って詳しく調べてまた推察して述べている。

 パピルスが伝えた文明・著者・作品・読者・ギリシャの本屋・ヘレニズム地中海世界の本屋・ローマの出版・写本の経済・奴隷が支えた出版文明・出版文化と出版文明・の目次となっている。

 粘土板・パピルス・羊皮紙・竹簡・絹帛・紙の書写材料を、収容力・耐久性・コスト・扱いやすさ・機械的複製・読みやすさの項目から比較している。粘土板は素材がただに近く、耐久性もよいので今日までも残っているものも多い。また判子のように複製もされたらしい。パピルスは耐久性が乏しく、ギリシャローマ時代のもので今日まで残っているものは1~2%位らしい。収容力とは面積当たりの情報の収容力で今日の紙の1/50位だと述べている。また取り扱いが不便で、巻子本にするのが普通で、さらに生産地が限定され、コストも高いものだったそうである。だから再利用されたものも少なくないそうだ。これに較べその後使われるようになった羊皮紙は、収容力に優れ耐久性もあったが、そんなに大量にはできず高級なものとして紙ができてからもしばらく存在していた。

 前4世紀頃のギリシャの人口はおよそ200万人、カエサル以後の1世紀のローマ帝国全部で5400万人位の人口と推測されている。前6世紀頃からギリシャのポリスでは学校教育が始まっていたとの事で、リテラシー(識字読み書き能力)を5%位として計算するとギリシャでは10万人程いたと推定している。大変な量であるが、当時は写本なので、1部作るのも大量に作るのもコストは変わらないとのこと。また当時の値段は軍隊や一般の庶民の収入の約1週間分だったと推定している。ギリシャでの一番の人気作品はホメロスの詩で圧倒的に多く、約半分を占める。また、基本的に写本という複製であったので貸し出したものをかってに複製するのは自由であったらしい。費用はパピルスだけということになる。著作権という概念は無く、著者は一般的に上流階級で報酬などは気にしていなかったらしい。

 それがだんだん普及してくると、ローマ時代には写本専任の奴隷が存在するようになる。また出版社もできてくる。塩野七海氏の『ローマ人の物語』にも述べられているが、アメリカに送られたアフリカ人の奴隷のようではなく、だんだんに条件次第でローマ市民権を取得できるシステムもできてくる。そのような奴隷制度だったようである。

 アレキサンドリアの図書館は有名であるが、蔵書数は70万巻とも言われ当時最大の大きさを誇っていた。その後衰退し火事にも見舞われ、クレオパトラの宮殿なども4世紀の大地震で水没してしまった。

 その他に現代の世界出版状況を分析したものも述べている。人口当たりのそれぞれの国の自国語による出版のことと文明についての考察では、英語圏のカナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどは自国での出版が少なくほとんどアメリカから入ってくるのが現状らしい。フィリピンでも一番多い現地語のタガログ語でさえ普及せず、共通語としての英語に頼らざるを得ない状況で自国語での出版は限りなく0に近いらしい。以前から言われていることだが、英語で書いている小説家は数年に一度の作品でも生きていけるということは、このような背景があるからだ。ラテンアメリカのスペイン語圏での出版はスペイン・メキシコに限られているようだし、自国語で自国内で出版できている国は以外と少ないことに気づかされた。インドもまもなく世界最大の人口になるそうだが、共通の原語が確定せずに出版もそれにともなっていないなど、問題は多そうだ。日本の出版数は人口あたりからしても相当多いのだが、ガラパゴス化していて、翻訳書は多いのに海外に対する発信力が無いのが大きな問題として提起されている。またキリスト教とその聖書が果たした出版や原語の普及が大きいことをあらためて認識させられた。