ちょっと前になるが、3月にモノタイプの”type&+”でショウライサンズのリリースイベントをみた。
”Shorai Sans”はモノタイプ社の小林章氏がリーダーで開発した”Avenir Next”にあわせた日本語フォントである。”Avenir Next”自体も小林氏が主導した作業である。今回の作業はドイツ、日本、香港と連携し合いながら3年以上掛かったようである。そして製作開発には中村征宏氏も参加し、多くのベースとなる文字を製作したようである。小林氏は写研時代に中村氏と当然面識があった筈である。私も経験したが、当時はインハウスデザイナーと外部デザイナーにはいろんな面で壁があった。あくまでも一般的な話だが、庶務雑用や適時対応の面倒な仕事も多く賃金も安い社内デザイナーだが、企画段階からの一貫した作業ができるメリットもあった。それに対し外部デザイナーは決められた範囲での仕事とその作業料から比較した報酬の違いも大きかった。また目立った「差」や「新鮮さ」を求められることも多く、それなりに大変でもあった筈である。アップルのジョナサン・アイブもイギリスの著名なデザイン事務所で働いていたが、アップルからの何度もの誘いにためらいながらも移籍した理由の一つにこのことがあったと言われている。スティーブ・ジョブズがいない時代はなかなかスムーズに進まず、苦労が多かったがスティーブ・ジョブズが戻ってきてからは絶大な信頼を得て、最終的にはアップルの一時代の顔を作ったひとりとして記憶されるだろう。小林氏は中村さんをどのようにみていたかは想像するしかないが、ゴナなどの製作時代をまじかにみていたはずである。今回のショウライサンズの日本語製作に中村さんに白羽の矢をたてたことは、私にとっては非常に嬉しかった。以前から中村さんはもっと評価があってしかるべきだと思っていた。中村さんは「これからこの書体が何十年と使われることになるのは嬉しい」と語っていた。また、対話の中でいちばん驚いたことは、今回の仕事で印象に残ったことはと問われた中村さんは、小林氏が何度も描きなおしを要求したことだと言っていた。いままで描きなおしをしたことがほとんどないとも。これに対し、小林氏は驚いたように、「えっ!」と反応し、そんなことは当たり前でしょというような反応だった。二人のこれまでの製作過程の違いをかいまみることができた。中村さんの卓越した能力(技)はバランス感覚である。特に漢字では極太タイプで巧みな処理が求められる。この部分について小林氏は注目したのではないかと思う。私も極太書体には苦労することが多い。うまくいけば細い書体よりきれいにまとまる場合もあるが、どう頑張ってもまとまりがなくバランスも悪く統一性の無い字になってしまうものもある。そんなときにわずかな字でも参考になるものがある。特に「糸」や「行」の行人偏は何度も描きなおしている。そのたびに中村さんに尊敬の念を感じる。