形状をつくるセオリーとそれからの離脱-1

形状をつくるセオリーとそれからの離脱

 人間の錯視を補正する目的でいくつかの補正セオリーがある。

 まず私が長年付き合ってきた3Dでのセオリーから。3Dでの補正目的は錯視よりは製造上の矯正目的のほうが多いかもしれない。[図1-1]は稜線のR処理について。Rを付ける目的は外観フォルム上だけではない。第1は、安全性である。エッジになっていると怪我などの要因になる場合がある。第2は、製造上の必要からである。

 1の安全性はドイツのDIN規格では自動車の内装部品はR2.5mm以上に決められていると記憶している。エッジが操作時やぶつかったときの安全配慮からできたものだと思う。家庭用品ではR2.5もあるとシャープ感を出したい場合には大きすぎる。全体のサイズにもよるがR0.5~1以下でないとシャープ感は感じられない。グリップなど触るものでなければそれほど必要ない。

 次に2の製造上のRの特性については、主な素材別に考える必要がある。それぞれの材料には多くの製造方法がある。主にプラスチックのインジェクション成形、金属板のプレス加工、金属のダイキャスト成形について述べる。インジェクション成形では材料の流れが良いこと、ヒケが出ないようにすることが求められる。基本は均肉でエッジの少ないRでつながっている形状が求められる。あたためられた金型内にやはりあたためられた樹脂を押し込んで今度は金型内の冷却水で変形しない程度まで冷ましてから金型を開き取り出す。この後さらに常温になるまでに後変形が起こる。ヒケや変形もこの時に生じる。[図1-2]はそのときに起こりやすい変形の状態をしめす。この変形やゆがみを補正する目的で行うのがRAの両脇に大きなRBを設けるという手法だ。[図1-3]さらに天面にもっと大きなRCを付ける場合もある。金属の主な成形法としてプレス型でかたちづくることが多い。自動車の外装板は典型である。何段階かに分けてプレスするところを1回で行うと絞りジワができる。昔のブリキのオモチャには必ずあった。弁当箱のフタの天面は[図1-4]のようになっているものが多い。金属の材料にもよるがスプリングバックといって元にもどろうとする力が働き90度に曲げても90度以上になってしまう場合もある。曲げると最低限でも金属の厚さとほぼ同等のRも付く。ダイキャスト成形は金属のインジェクション成形だ。この方法はいろんなカタチを作りやすい。アルミや亜鉛合金が多い。プラスチックは30秒から数分のショットサイクルを必要とするがダイキャストはせいぜい5秒位だ。変形がないので冷却の必要が無いからだ。材料の流れが表面に見えるのでこのままで使用されることは少なく、外装部品はたいていはメッキや塗装が施される。インジェクション成形では、エッジにしたいと言っても最低R0.3は取らされた。このために金型の一方に0.3mmの彫り込み[図3-2]が必要となる。もちろんこれがない[図3-1]と金型の加工が少なくて済む。金型を安く仕上げるためにR処理を割愛する場合もある。これらは中国製のものに多く見られ危険である。金型の製作精度が悪かったり磨きがダレたりすると「バリ」といって南部せんべいのつば状のものができる。これの仕上げが悪いとさらに最悪である。プラスチックで手を切ることもある。また金型内に材料を注入するところがゲートである。安いものは数ミリ位あり、ニッパーなどで切るのでその痕跡が残っている。もちろん1mm以下に目立たなくする方法もある。アクリルの場合はこの小さなゲート処理はできない。さらに金型からスムーズに抜け出るように抜け勾配というものも必要になる。通常は2度以上は要求されるが無理を言って0.5度から1度で作ってもらうことが多かった。私が作ったしょうゆ差しではシリンダー部の抜け勾配を0度にしてもらった。そのための工夫も必要である。通常はやってくれるところはない。ついでに紹介すると最近は量産品でもNCフライスを利用したものも存在する。アップルのケースに採用されている。また、金属3Dプリンターを利用したものもそのうち出てくるだろう。今まではいくつかに分解しないと不可能な形状のものも生まれてくるかもしれない。

 蛇足だが[図4]についていうと、これは几帳面といって平安時代のパーティションである。几帳の柱に施した装飾の模様だ。2本の柱(几:おしまずき)に横木をわたし、(帳:とばり)というものをかけて仕切りにしたものだそうである。この柱に面をとり、きざみを入れるという気の使いようから几帳面な性格という言葉が出たそうである。いまならルーターで簡単にできる。R処理は形状イメージに大きな違いを感じさせる基本である。おおいに気を使わねばねならない。

 ここまでは一般的な製造方法による補正セオリーだが、これだけでは新しい造形は生まれない。先のインジェクション成形の場合をバケツを例に述べる。[図2-1]が一般的に多い形状である。成形上の材料の流れからも、材料の使用量が少なくて済む、強度も確保できることからも理想形である。一方[図2-2]は、そのいずれも理想から遠い形状である。材料の流れが悪い、形状を維持するためには肉厚にする必要がある。そのためショットサイクルも長くなり、値段に当然はねかえる。また、前出のヒケもおこりやすい。しかしそれだけでは新しい造形は生まれない。ここには紹介していないが、フタもハンドルの付け方も従来のものとは違うことにチャレンジしている。表面にはシボといってマット処理を施している。これも成形条件からはけっして良くない。皆、成形のセオリーからは反しているものの造形上の余分な装飾につながる形状を極力廃し、シンプルに徹している。これが前に紹介したライクイットのバケツである。私は基本的に余分な装飾のないシンプルなものが好きなので、このような造形にこだわってきた。1970年代後半位から「simple is best」というスローガンのアパレルブランドがあった。この言葉に結構傾倒したものである。

 

 また横道にそれてしまったが、フォントの製作に関しても一般的なセオリーがある。[図4]は形状によってサイズの不揃いを感じるのを避けるため、大きさを変えるというごく初歩的な補正方法である。どんな書体の本やレタリングの本にも載っている。とんがった部分や丸は少しはみ出させるというものである。これをいくつかの書体で検証したものが[図5]である。図の左側は解説をしたもの、右側は無いものである。[O]はどんな書体でも上下に少しはみ出している。[A]や[V]等のとんがりがあるものはやはり少し飛び出している。また[X]の斜め線は交わった先にまでそのまま延長されていない。それぞれ左下のラインを基本に反転したラインをかぶせてあるので理解できると思う。特にユニバースは傾きやずれをたくみに補正している。ユニバースの[A]に示しているように斜め線の右下に流れる線は左下に流れる線より太く補正してある。どんな書体でも[Z]以外では右下に流れるラインのほうが太い。ロマーン体(Times New Roman)でみると一目両全である。またフーツラの[O]は正円ではなく多少扁平と傾きを与えてある。さらに交差部のたまり感の補正など、これらの視覚補正(矯正)も書体作成の基本としてどんな本にも紹介されている。

 これらの細かい補正は私には逆にゆがみや不自然さとして見えることも多い。多分見ただけで他に惑わされずに寸法を読み取るなどの習慣をずっと続けてきた職業柄のこともあるかもしれない。だからNAXでは必要以上に補正することは避けた。NAXの漢字についてはまた別に述べたい。