『英語の冒険』(メルヴィン・ブラック著、三好基好訳)を読んだ。
この3か月ほど、ほとんど書体製作作業ができなかった。同じ理由でこの本も随分時間が掛かってしまった。でも面白かったので是非紹介したい。
訳者あとがきの一部を紹介する。「のちにイングランドと呼ばれるようになる地域には、有史以前からケルト民族が住んでいた。ところが五世紀半ばにゲルマン民族の大移動の一貫として、この地にもゲルマン民族が強制移住してくる。それが英語のはじまりだ。移住してきたのはゲルマン民族の中のアングル族、サクソン族、ジュート族という部族を中心とする人々だった。中でもアングル族の数が多く、彼らが新たな住処となった場所を”アングル族の土地”という意味で”アングラランド”と呼び、それがイングランドという言葉の元となった。そしてここで話されるようになった言葉は、イングランドの言葉ということで、イングリッシュと呼ばれた。その言葉は移住してきた人々がもともと使っていたものだが、彼らの故郷はヨーロッパ大陸北部の北海沿岸からデンマークにかけての地域だった。海岸に近く海抜が低いので、この地域で話されているゲルマン語を総称して低地ドイツ語と呼んでいる。英語はこの低地ドイツ語がイングランドという飛び地に根付いた言葉なのだ。当時のヨーロッパではイングランドは世界の西の果てだった。そこに移り住んだわずかの数の人々が使う言葉にすぎなかった英語が、今では事実上の世界共通語として地球全体で使われている。そのことを考えただけでも、この言葉がどのような歴史をたどってきたのかと興味がわくのではないだろうか。」
わずか15万人程しか話し手がいなかった言葉が15億人が話し理解するようになった英語の歴史が書かれている。ローマの歴史は約1300年、イギリスの歴史はローマ帝国によってはじめて記録されたところからはじまっている。その頃はまだケルト族の住む地域だった。イギリスの歴史はその後も多くの民族に征服され、中でも11世紀半ばから15世紀末まではノルマン族に征服されフランス語が公用語となった。そんな中でも地下で生き続け歴史の変遷とともに復活を遂げた。その後17世紀にはアメリカに移住した人々によってさらに広がっていった。英語にも多くの方言があり、それを皆が共通に話せる言葉として発展していったのには、大きく二つの要因があるように思える。ひとつは、バイキングが入ってきた頃に商取引をこなすように複雑な活用を排していったこと。女性男性名詞の区別がないこと。アルファベットという文字も手に入れたこと。ノルマン征服時にはフランス語から、また時代の変化に応じて哲学、機械、製造、数学、物理等の言葉や、進出した多くの地域の言葉をどんどん取り入れていったこと。それらを柔軟に取り入れられる言葉であったことだ。ふたつめは特にアメリカに移住した人々はプロテスタントが多く、アメリカでの共通語の役割を果たすために、聖書を共通語として正しく表現をする書として利用したことだ。このことはアメリカで英語が共通語として生きていくことに大きな意味をもっている。その後もオーストラリア、インド、南アフリカ等にも広がっていった。シンガポールの英語はシングリッシュというほど独自性が強いそうだが、本国イギリスでは今でも地域により、わからないほどの方言があるみたいだ。それぞれの地域にそれぞれ住みついた時代や民族が違うからだ。イギリスはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの連合王国である。最近スコットランドの独立が再燃しているみたいだ。そう考えると、アメリカの方が余程世界共通語に貢献していると言えるだろう。イングランドは小さくてもイングリッシュは大きい。
以前に、山口謠司氏の本で、日本でも明治時代に列車で東北に向かう途中で話している言葉が全く分からなかったが、隣に居合わせた外国人とは英語で話ができたというある方の話を思い出した。すでに明治時代には英語は世界共通語になっていたのだ。明治時代にはこのようにまだ日本共通の標準語はなかった。その後の教育やラジオなどの普及で日本語も共通語として成長してきたのだ。方言の大事さや消えゆく言葉を惜しむ声もあるが、世界の中で1億人以上の人々が話している言葉はそんなに多くは無い。その力を広げるには共通語は大事である。人数の多さでいえば中国語は圧倒的に多い。しかし中国語でも各地域での言葉はかなり違い、テレビでは必ず共通語である漢字のテロップが入る。共通語は北京語ベースで、台湾も含めアジアの中国語教育は全てこの共通語である「普通話」だ。自治区という存在が七つあり、そこは民族が違うので、その文化や言葉も尊重する意味で存在している筈なのだが、最近はとくに力によるねじ伏せでジェノサイドが行われている。残念でならない。そこまで統制しなくても中国は十分大国である。中国にとっては中国と中国語こそが世界のNo.1でなければならないのだろう。あらゆる面で共産主義の恐ろしさを感じる。
Englishの文字はイギリスの代表的書体のキャスロン(カスロン)である。