NAXについて-2

NAXについて-2

 アルファベットの場合、G,K,Q,R,a,f,g,k,s,tなどはどの書体でも違いを打ち出しやすい文字である。エレメントの要素は少ないほどシンプルにできる。しかしそれでもできない文字もでてくる。私が最初に仕事を始めた頃、特許の調査の必要が出て、特許庁にいったことがある。しかし全くの素人だから捜し方から分からず、行き当たったものの、現在のような書き方の指導が無かった頃なので、文章がまたチンプンカンプンである。特許独特の言い回しと用語がずらりとならんでいるのだ。こんな職種は人生で一番なりたくない世界だと思った。でもその時に指南してくださった老弁理士は(アル中の方で日本酒はよくないとも教えてくれた)シンプルにすることが一番大事でそれこそが広く範囲を押さえることができると教えてくれた。しかしその後時代が変わるとそんなものでは特許を獲得できるものではなくなった。自分が世界で一番最初に考えたものなどというのはまず無いと思った方がいい。関連する先例を調査し引用し、その細部をこのように改善し、その有効性をアッピールするというやりかたになってきた。獲得するためにはますます有能な弁理士に頼むしか方法がない時代になった。デザインの世界も同じかもしれない。それぞれの会社の事情で売れているものがあると、にせものを作らざるを得ないこともある。そのときに如何に似て非なるオリジナリティーを打ち出せるかがデザイナーの能力なのかもしれない。または人間の常識的感性を刺激するようなヘタウマ的なアプローチも生まれてくる。正攻法は確かに難しい。日本語フォントの正統な進化に関わってきた人ほど、自身の生きてきた過程やセオリーを否定するのはむずかしいと思う。私にはそれが無いから自由に展開できたと思っている。逆にグラフィック界やタイプヘェイスデザイン界の方たちはシステマティックな思考より、エモーショナル性を重視する傾向の強い方たちが多いと思う。バウハウスは既に過去のものになり、ソフトを使いこなすテクニックに論理性を求めている場合さえあるように思われる。まあ確かに、良い高級カメラがあれば誰でも一流カメラマンなれるかといえばそうではない。PCもソフトが充実してくるとそれを持って使っているだけではだめで、使いこなすと同時に感性がよりその差を広げる時代になったともいえると思う。

 また脇道にそれてしまったが、私の看板でもある“design studio naw”のロゴに関わる例を上げたい。そもそもは大学を卒業し、最初に関わった仕事は建築金物を作る会社だった。その時に様々なプランを創った。その時に参考になったものに、当時日本に紹介されたアルミエクストル―ジョン成形による金物シリーズで「モドリック」があった。モジュールとメタリックの合成語だ。タイ&ホルシャーというデザイン事務所がデザインしたものだ。私が最初にデザインした商品がプラスチック製インテリア錠のノブだった。1976年にヨーロッパに行くツアーがあったのでそれを携えロンドンのアラン・タイに会いにいった。彼が言った言葉で憶えているのは「これは安物だ」というものだった。単に安く粗悪品だとは言ってなかったとは思うが…。でもその時からこれからはもっと確かなものを作らなければと心に誓った。その「モドリック」のロゴ「modoric」がこの書体である。このロゴを自分なりに展開したものが付属の図である。展開したプランの個々の名称に使うために作成した。そしてこれが私が書体作りをした最初のものである。この書体はあまりにもシンプルなエレメントに基づいているので自分が考えたものとは言えない。グリッドシステムと一番シンプルなドットフォントだ。この中でk,x,v,f,t,zがルールからは作成できなく、いくつか考えた。このように展開できる文字があるからこそオリジナルが生まれる要素があるのだ。尚、この図は後年思い出し作成したものだ。カタカナや大文字もあったが、PCを変えたときに失ってしまった。特にマックからウインドウズに切り替えた1990年代後半から変える度に失ったものがたくさんある。変えた一番の理由はマックには使えるCADが無かったからだ。イラストレータも日本語V.5から使っていたがV.9からCSになるときにバージョンアップの案内が来なかったせいで買い直すことになってしまった。多くの書体はまだマックの中にあり、今でも必要な時に起動している。